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| 世界の障害者トーナメントの中でも、最強の試合である。NAGA(アメリカ切断者ゴルフ協会)が開催するこの試合は3日間54ホールのスクラッチプレー。切断の場所によって、膝下、大腿、ひじ下、ひじ上、重複の5部門がある。優勝スコアは毎年アンダーである。 全米や世界から腕自慢の切断者ゴルファーが参加するが、80台ではお話にならない。3日間を70台で回らないと、上位には食い込めないのがこの試合である。 今年、日本からは3人が参加・・・ |
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| TEXT Haruko Matsuda PHOTO Seijoe Sato |
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★いざ、アメリカへ..... |
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| 8月2日、日本チームが渡米。メンバーは古田謙(左大腿切断)、沼部眞一(右下腿切断)、田村節夫(左下腿切断)、佐藤成定日本障害者ゴルフ協会代表、松田治子事務局長である。
15時間の旅の後、現地時間で8月2日夕刻、アメリカテネシー州のナッシュビルに到着。8月5日から9日まで行われた「The 54th National Amputee Golf Championships」に参加した。今年の会場はナッシュビル国際空港から車で20分の「Legends Club of Tennessee」。テネシー州でも屈指の名門コースで、フェアウェイやグリーンのコンディションはいい。芝の感じが日本のコースと似ていて、日本人には有利かと思われたのだが・・。 とにかくは、コースにほど近い宿舎「Embassy Suite Nashville South」に落ち着いた。 翌日は練習ラウンド。アメリカの南部に位置し、沖縄と緯度が同じくらいのナッシュビルは日中の日差しが強い。カートに乗っていても、手足がジリジリと焼ける感じがした。この暑さの中で3日間戦うのは相当の体力と気力がいる。今回、日本チームの選手最高年齢は65歳。果たして、全員が54ホール目のグリーンに立てるのか。 |
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| ※ 注 スクランブル競技は切断者と健常者のベストボールによるチーム戦。 インターナショナルマッチはアメリカ人上位16人と外国人16人によるマッチプレー。36ホールで競うもの |
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試合には約100人のプレーヤーが参加していた。海外からは日本の他に、カナダ、オーストラリア、イタリア、南アフリカから選手が来ている。例年、イギリスも参加しているが、今回はなぜか参加していない。
12年間に亘って優勝を続けているオーストリアのジェフ・ニコラス、手と足を切断しながらいつも3位以内に入るカナダのボブ・マクダーモットなど、海外選手には強いプレーヤーが多い。日本もチャンピオンの古田謙が今年で3回目の参加だ。 試合の3日前くらいからホテルに入って調整する選手が多い。日本人は目立つのか、見知らぬ参加者も気さくに声をかけてくる。 |
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| 21歳のローランド君。両下腿切断。変わった模様の義足で目立っていた。 | めちゃくちゃ明るいミッチ・ローソン。やはり両足を切断。 | ||||||||
★試合開始 |
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| 8月6日、トーナメント初日。この日も朝から猛暑だった。 日本チームは沼部眞一と古田謙が7時台のスタート。田村節夫は11時過ぎの遅いスタートである。スタート時間にこんなに差が出来るのは、全ての組を1番ホールからスタートさせるためだ。公正を期すため、ショットガン方式やアウトとインに分けてのスタートはしない。 3人とも緊張していた。沼部眞一の日記から─── |
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| 沼部眞一氏(左)が一緒に回った人達。沼部氏の隣に立っているフラナガン氏は70代の両足切断。それなのに、初日は70台後半のスコアで回り、我々を驚かせた。 アメリカにはぜんぜん上手そうに見えなくて、実は達者なオジンゴルファーがたくさんいる。 |
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★障害を越えて |
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| アメリカの障害者ゴルファーは、たとえ障害が重度でもモノともしない人が多い。ベトナム戦争で両足を失った、元ミュージシャンのマイク・リーダー氏もその一人だ。 彼はフェアウェイでは普通の車いすでボールを打ち、打ち終わるとカートに戻り、車いすをカートの後ろにくくりつける。カートの運転はアクセルを短く切ったパターで押し、すいすい移動。グリーン上では写真左のような格好でパットを行う。この間、誰の力も借りず、プレーは素早い。 義足は窮屈なので使わないそうだ。これで、90台前半のスコアでラウンドしてしまう。こちらはアッケにとられているばかりなのだ。 |
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★彗星のように現れたチャンピオン |
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| トーナメント初日に、クラブを担いでラウンドしている左足切断の青年に出会った。健常者も乗用カートでラウンドするのが当たり前のアメリカで、珍しいので声をかけた。彼の名前はケネス・グリーン(ケニー)。地元テネシー州の大学2年生で、ゴルフ部に所属しているのだという。笑顔にあどけなさが残る、礼儀正しい青年だった。 ベストスコアを聞くと「プライベートのラウンドで64、試合では69」とサラリと答えた。初日と2日目に70の1アンダーで回り(このコースはパー71)、最終日にこの大会で12年間チャンピオンとして君臨してきたオーストリアの義足のプロ、ジェフ・ニコラスとの一騎打ちになった。 いい勝負だったが、ゴルフの女神ははケニーに微笑んだ。ドライバーで260ヤードは楽に飛ばすケニーは、ロングホールで打ったドライバーショットがカート道に弾んで2オン。ラクラク、バーディをとるなどの幸運に恵まれた。 ジェフとはたったの1打差。この1打の重みは大きい。 |
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| 表彰式でチャンピオンのトロフィーはケニーの手に。祝福する12年来のチャンピオン、ジェフ・ニコラス(左) | |||||||||||||
| バッグを担いでラウンドするケニー。左足は義足には見えないが、本当に義足。 | |||||||||||||
★古田謙、トップセブンに |
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トップ10のプレーヤー達(写真上)。右から3番目が古田謙。表彰式でここに並ぶのは大変名誉なことだ。トップ10には大きめのコインのようなメダルが贈られる。 下腿切断の第2部門で3位になった沼部眞一を囲んで(写真左)。右端が田村節夫。 |
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| ※第1日目、2日目は36ホールトータルスコア。R3は最終日のスコア。 古田謙は82,72,72で回った。初日の82が痛い。せめて、70台後半だったら、ベスト5入りもあった。 |
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| 試合中には乗用カートでコースを回り、日本人選手の応援をしたが、いつも気になっていたのは古田謙のことである。ジャパンオープンを4回征した彼は、アメリカの試合でも十分通用する実力の持ち主だ。しかし・・・。
2年前、初めてこの試合に参戦したカリフォルニアで、2日目まで総合3位と頑張りながら、3日目に崩れ、思い通りの結果を得られなかった。そして、昨年のボストンでは3日間とも70台が出ず、20位。芝もレイアウトも日本とは異なるアメリカのコースは手強いうえ、長時間の移動の後に、食べ物や文化の違う国で3日間の試合にベストコンディションで臨むのは容易ではない。 今年、初日に82だと聞かされたとき、もうスコアのことは言うまいと思っていたが、やはり気になる。コースで顔を合わせるたびに「調子、どう?」という言葉がついて出た。「僕もそれなりに頑張っているんですがねー」としか言わない謙。ところが、2日目、3日目と72で回り、日本チームを喜ばせた。途中でスコアを数えると崩れるのではないか、と思って言わなかったのだという(えっ? なーんだ)。参戦3年目にして手中にしたトップ7は3年間の努力の貴重な結実である。 |
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3日もラウンド出来ないのではないかと心配していた田村節夫は、暑さのなかで立派に3日間をプレー。今回のアメリカ遠征に備え、禁煙を実行し、渡米前は70台後半のスコアを出していた沼部眞一は、70台は出なかったものの健闘。もう懲りたかと思いきや、来年もアメリカに行くと言う。そのチャレンジスピリットに乾杯! 最後に再び、沼部眞一の日記から。 <外国人選手のゴルフの腕前、すごくうまい。特にアプローチ、パット。感心です。今回盗めたものあり。いずれ見せます。障害者の立派さ、凄さ、まいりました。またアメリカ行きたいぞー> 来年の「第55回 National Amputee Golf Tournament」は、今年「全米プロゴルフ選手権」が行われた屈指の難コース、「Hezaletine National」(ミネソタ州ミネアポリス)で行われる。 |
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大会実行委員長のブラガ ン氏、スポンサー のエリック・ロビンソ ン氏と佐藤代表理事。 NAGAと日本障害者ゴ ルフ協会の絆は固い。 |
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| NAGAの最高責任者であるボブ・ウイルソン氏とラウンドする田村節夫氏。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||