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| 9月9日-12日 NAGA National Amputee Golf Championships(米国ミネソタ州 ヘイゼルティンナショナルGC) | ||||
| 今回のアメリカ遠征にノースウエスト航空の協力をいただきました。厚くお礼申し上げます。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| チャンピオン、ヶニー・グリーン(アメリカ) 22歳で、テネシー州立大学の学生。 | デンマークの新星、ステファン。ヨーロッパの試合を総なめにする24歳のホープ。 | 数少ない黒人プレーヤー、ウィリー・ブキャナン。義足はつけずにプレーする。 | 今年の女子チャンピオン、キンバリー・ムーア。大柄で、男性顔負けのロングヒッター。 | 片腕の美人ゴルファー、ケリー・バレンタイン。パワフルなショットで飛ばす。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
★全米有数の難しいコースで |
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| ラフはどこまでも深く・・・ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 今年、NAGA(アメリカ切断者ゴルフ協会)が開催する「The 55th National Amputee Golf Championships」の開催された「ヘイゼルティン・ナショナルGC」は、昨年、全米プロゴルフ選 手権の会場となったコースである。 この時、タイガー・ウッズは1打差でメジャー制覇を逃し、日本の伊沢、丸山プロもいい成績は残せなかった。
1991年に開催された全米オープンでは、故ペイン・スチュアートがプレイオフで勝利を手にしたが、その日のスコアは76でPGAトーナメントのプレイオフで史上最悪のスコアだったとか。また、かつてUSLPGAで数々の勝利をモノにしたナンシー・ロペスはここで1977年に開催された全米女子オープンで2位に甘んじ、なぜかそれから全米女子オープンだけはとれなかったという。そんな様々な歴史や伝説を秘めて、ヘイゼルティン・ナショナルGCは私達の前に姿を現した。 |
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| クラブハウス前の庭。プレーヤがいつも集まってだべっている。開放的な雰囲気だ。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
★全米31州、世界8ヶ国から163人が参加 |
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| 今年の試合には、人気コースでの開催ということもあって、163人の選手が全米31州、世界8ヶ国から参加した。出場資格は「先天的あるいは後天的に手足を失った者」。つまり切断者で、下腿切断65人、大腿切断40人,ひじ上切断21人、ひじ下切断21人、重複切断16人が出場。日本からは1997,98,99,2001と 4回ジャパンオープンを制覇した古田謙(左大腿切断)、昨年ジャパンオープン総合2位に輝いた石田良充(右大腿切断)、2001年ジャパンオープン下肢障害の部優勝の沼部眞一(右下腿切断)、それにゴルフではまだ無冠ながら、アルペンスキーにおいてはパラリンピック代表選手の田中哲也(右大腿切断)の4人が参加した。 選手数が多いため、ヘイゼルティン・ナショナルGCだけでは試合をこなせず、近隣の「チャスカ・タウンコース」(ここも1998年にゴルフダイジェスト誌の「全米新設コースベスト5」に選ばれた優れたコース)も会場となった。参加者は1日をチャスカ・タウンコースで、2日間をヘイゼルティン・ナショナルGCでプレーした。 |
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| アメリカには戦争で手足を失った人も多い。 | モー・クレイトンはベトナム戦争で両足を失った。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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左のスケジュールを見ていただくと分かるのだが、この試合は3日間54ホールのトータルスコアで競われる試合である。2コースでの練習ラウンドや試合後に行われるインターナショナルマッチ(アメリカと諸外国各16人で競われるマッチプレー)に出場するとなれば、合計7ラウンドをこなさなければならない。 それだけに「偶然」とか「運良く」といった結果はなく、真の実力が現れる試合であり、ゴルフ技術の他に体調管理なども勝負の分かれ目になる。健常者でもかなりきつい試合といえる。 |
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| 一昨年まで12年間にわたって、NAGAのチャンピオンとして君臨したジェフ・ニコラス(左)と昨年ジェフを破ってチャンピオンの座に着いたヶニー・グリーン(右)。今年もヶニーが1打差で優勝をさらった。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
★大型ルーキー続々登場 |
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| 今年は例年にまして、力のある若いプレーヤーが登場してきた。昨年、彗星のように現れ、12年間チャンピオンの座を守ってきたジェフ・ニコラスを1打差で破り、新チャンピオンになったヶニー・グリーン(アメリカ)、ヨーロッパ障害者選手権に優勝し、アメリカの試合に乗り込んできたデンマークの新星、ステファン・モルクホルト、昨年オーストラリアで開催された切断者ワールドカップで優勝したオーストラリアのシェーン・ルーク。どれもが将来性を感じさせるスケールの大きい選手だ。
今年こそはジェフ・ニコラスが昨年のリベンジを果たすと予想したが、ヶニー・グリーンがまたまた1打差でジェフを破り、2年連続のチャンピオンに。ヶニーは飛ばして、あまり曲がらず、小技やトラブルショットも巧い。ここしばらくは、彼の時代が続くのだろうか。 |
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★日本選手は苦戦 |
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| 日本人選手は苦戦である。 「手根管症候群」という奇病に見舞われ、手のしびれに苦しむ古田謙は、リタイアすることなく頑張り、7ラウンドを貫徹したが、結果は総合24位。以下、詳しい成績はミネソタゴルフ協会のサイトに掲載されている。(ちなみに、このサイトのスコア表はなかなかよくできている。選手名をクリックすると、3日間のスコアカードが見られる) ドライバーショットは概ね、上出来で、フェアウェイのいいところに運ぶ日本人プレーヤー。しかし、日本とは異なる芝や密生した粘っこいラフ、グリーン回りの深いバンカーなどにみんな苦しんでいた。当然ながら、英語しか話さない同伴プレーヤーとのラウンドも慣れないうちは落ち着かない。 |
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| もう一つのコース「チャスカ・タウンコース」はイギリスのリンクスを思わせる。木が少ない代わりに深い茂みが。風が強いと大変だ(上)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 湖を見渡せるヘイゼルティン・ナショナルGCの名物ホール(写真下)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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★それでも楽しかったよ |
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| パーティでの日本チーム。小技が巧く「ミスターマジック」と呼ばれるマイク・カーバーを囲んで。 | ゴルフ場の宴会場。クラブハウスは木造で「良きアメリカ」的雰囲気がある。 | インターナショナルマッチの選手に選ばれた外国人選手。古田謙と沼部眞一がいる。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
★パトリス・クーパーのこと |
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今年の大会会長、パトリス・クーパーはNAGAトーナメントで11回の女子チャンピオンをとった優れた女性ゴルファー。ヘイゼルティン・ナショナルGCのメンバーで、女子のクラブチャンピオンの座をを最近7年間守っている。 1987年にガンで左腕を切断。しかし、自分なりに工夫した義手を使い、障害を超えてハンデ4になる。一昨年のジャパンオープンに参加する予定だったが、9.11のテロ事件の影響で来日を断念した。 そのパトリスは今年5月に切断した腕の周辺にガンが再発。現在は放射線療法を受け、再びガンと戦っている。髪の毛が抜けてしまったため、帽子でカムフラージュし、それでも元気な姿を見せた。大会会長の重責をこなし、3日間の試合も貫徹した。日本チームの面倒もよくみてくれた。 帰国後にお礼と励ましのメールを出すと、帰ってきた返事は「Blieve me」。「絶対に治って日本に行くので、私を信じて待っていて欲しい」とのこと。とても前向きで、逆に励まされた。ガンに負けず、日本であなたのプレーをDGAのみんなに見せてください。 |
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| 2年前、ボストンの大会でのパトリス(左) 今年、ガンが再発し治療中のパトリス(上) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| PHOTO SEIJOE SATOH TEXT HARUKO MATSUDA |
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